
湘南日中の中国語老師が雲南大学に日本語を教えに行っています。昆明(雲南省)に関する話題を2ヶ月に一度の予定でレポートして下さることになりました。ご期待下さい。
写真がインターネットの容量の関係でうまく送れません。新しい写真は帰国時に掲載します。
昆明通信No.13 ・・・・・ 2006年7月7日(金)
お茶会、日中音楽会の報告
5月20日(土)3:30〜6:00 民族大学留学生瀬戸涼子さんと雲南大学留学生・日本国際交流基金〔留華ネット〕雲南代表山口紳くんによるお茶会が開かれました。瀬戸さんは実家がお茶製造業なので、お茶のことには大変詳しく、お茶の歴史、お道具、作法など分かりやすく説明してくれました。山口君は京都祇園の全国的に有名な某和菓老舗の御曹司で、茶道はもちろん、幼少時より日本舞踊まで仕込まれた若者です。二人とも浴衣を着てお手前をしたので、中国の友人たちは大感激です。
文化講演会の時は多くの方の参加が予定されるので、整理券を発行しお点前参加は48人に限り、49人以降は時間が有ったらということでご了解いただきました。実際の来館者は65人くらいで、多くの方に日本の伝統芸術茶道を体験していただきました。
6月3日(土)3:30〜5:30 横笛演奏者串田辰造氏、古琴演奏者賀紅剛氏、笙演奏者
周雲氏、仲谷宏基氏、雲南大学日本語科専攻生による日中伝統楽器音楽会が開かれました。
串田辰造氏は日本料理の調理人で40年に渡り料理の世界で活躍する一方、邦楽、三味線、笛、小鼓の演奏活動と、弟子の育成に努めていらっしゃいます。
賀紅剛氏は幼少のころから中国伝統文化をこよなく愛し、書道、詩、伝統演劇を研究しておられます。特にその中でも三千年以上の歴史を持つ古琴の研究は全国の有名な先生に十年近く師事し、現在は全国で演奏活動をなさる傍ら、《丹岩琴館》で古琴、笙などの教授をなさっておられます。
周雲氏は賀紅剛氏に古琴、笙を習っているお弟子さんで小学校の先生です。
仲谷宏基氏は昨年の8月から雲南大学で中国を学習していて、YMCAのボランティア活動に長年携わり、歌が大変お上手です。
プログラム
1 荒城の月 6 桜
2 月の砂漠 7 冬のトレモロ
3 宵待ち草 8 梅花三弄
4 黒田武士 9 流水
5 かごめかごめ 10 陽関三畳
今回の音楽会は正に日中文化交流の名にふさわしい内容で、出演者も様々な立場の方がボランティアで参加してくださり、日中民間交流に大きな力を貸してくださいました。私どもの活動に賛同して快く協力してくださった方々に、心から感謝いたします。
昆明通信No.12 ・・・・・ 2006年7月7日(金)
日本語教師任務終了、引っ越しました。
5月20日お茶会、6月3日音楽会、6月末期末テスト、7月2日引越しと公私共多忙を極め、気が付いたら二ヶ月も経ってしまいました。お茶会と音楽会の報告は次回に回し、現在の私の状況をお話しいたします。
雲南大学の講師は6月30日で終了し、今後半年は留学生として残ります。従って大学提供の宿舎を出て、民間の住宅に引越ししました。家探し、期末テスト、引越しが重なり皆さんにご報告が送れた次第です。今後は自由な身になりましたので、更に一層きめ細かくこちらの様子をお伝えできると思います。
新居は雲南大学に徒歩10分、師範大学に5分、自由市場に3分、目の前がバス停、24時間保安監視、部屋に入るのに鍵付きドアが3つ必要な安全なところです。
2日に引越ししてインターネットが一時使えませんでしたが、今日やっと電信局の人が来て接続できるようになりました。以前のものは電話線を使用した旧態依然の代物でしたが、今度のものはADSLですから、通信速度が速く、容量の重いものも一瞬で送信できます。引越し荷物も大方整理が付き、今専門のお掃除やさんを呼んで家中をクリーニングしてもらっています。一人時給7元、三人で何時間するか分かりませんが、人件費の安いこと!学生のアルバイトは時給5元から8元(飲食店のウエーター)、家庭教師は15元くらいです。大学の先生のときはあまり中国語を使いませんでしたが、一外国人として社会に出ると、フルに必要になります。家を決めるのに2週間かかりましたが、その間回った不動産屋の数と見た家の数は数え切れないほど。条件提示、物件の説明、大家との諸々の条件交渉、引越し後のクリーニング業者の選択、家具の購入等、日本でも経験したことがありません。面と向かって話すのならまだやりやすいのですが、電話の場合も多く、中にはひどい訛りのある人もいて困りましたが、何とか一人でこなし、やればできるものだとちょっと自信がついた感じ。大学の外国人講師は特殊な立場で、一般の市民との係わり合いはあまりありませんが、今後は生活の中から中国語を学べるとワクワクします。中国人の友人は、家探しを私一人でやったことに皆驚嘆する一方、一言いってくれれば協力したのにと異口同音に言いますが、個人の生活の好みなど所詮他人が分かるはずは無く、自力でやるのが一番だと覚悟を決めて事に当りました。
今週期末テストが終わると学生たちが押しかけてくる予定です。皆私の日本料理を期待しています。何を作ってあげましょうか?
昆明通信No.11 ・・・・・ 2006年5月19日(金)
雲南大学学生の作文を紹介します。
No.11もNo.10同様、私以外の人に頼んで書いてもらいました。今回は学生三人に依頼しました。簡単に三人をご紹介いたします。
朱孝昆 3年生 常にクラスで一二を争う秀才で、文章を書かせたら彼の右に出るものはいません。辞書はほとんど使わず、切り口鋭い文章を書きます。作文の添削をする時、今度はどんなことを書いてくるかといつも期待を抱かせる学生です。
路浩宇 2年生 内モンゴル出身 学内スピーチコンテストで三位。友好活動に積極的に参加し、この一年で口語能力が一段と飛躍しました。
尹郁華 2年生 経済的に苦しい中両親の努力で大学に通うため、勉学に対する意欲は並みはずれて強く、2年生とは思えないような整った文章を書きます。
国境を越えた友情
朱孝昆
大学三年生の時、鈴木三枝子と言う外国人の先生が日本からやって来ました。私たちの始めての日本人の先生ですから、みんな先生に深い関心を持って、先生と友達になりたいと思いました。
第一回の授業の時お互いの自己紹介をしてから、先生に関する事が少し分かりました。先生は私たちの日本語を教えると共に、湘南日中友好協会の副理事長として中日友好の仕事もやっています。「偉い人ですね。」私はその時強く感じました。
先生は私たちをもっと深く理解するために、わざわざ自分の家に私たちを招待して、色々と雑談しました。先生は私たちの夢、生活状況などについて興味深く聞きました。雑談の後、また一緒にご飯を食べました。その後、私たちの友情はもっと深くなったと感じました。
私たちは日本文化に深い興味を持っていますから、先生はわざわざ昆明の友誼館で茶会を催しました。その茶会を通して、私たちは始めて、日本の茶道を体験しました。日本の茶道の「一期一会」という精神を深く味わいました。その後、また、生け花のできる人を頼んで、教室で花を生ける過程を紹介してくれ、私は生け花の魅力を強く感じました。私たちにとってとてもいい勉強になりました。
私たちの日本語能力を高めるために、先生は毎週金曜日に討論会を開くことにしました。たくさんの日本人留学生を集めて、私たちと一緒に、〔結婚観〕、〔酒〕、〔自分の目から見た日本〕なと、おもしろいテーマについて自分なりの考えを話します。この討論会を通して私たちの日本語能力は上達すると共に、色々な新しい知識を身に付けることもできます。本当に有難いと思います。
先生はただ私たちの先生だけでなく、同時に私たちの親しい友達です。生活の中でも色々な手伝いをしていただきました。私たちが悩んでいる時、先生は励ましてくれます。楽しい時私たちと一緒に楽しみを享受します。そして積極的に私たちにアルバイトを紹介してくれます。先生は本当に私たちの欠かせない友達です。
先生と私たちは考え方や生活習慣など違う所がたくさんありますから、私たちは先生との付き合いを通して、相手の立場に立って問題を考えることの大切さを深く感じました。先生との交流を通してだんだん相手の立場に立って問題を考える習慣を養ってきました。この習慣は世界共通の良い習慣だと思います。お互いに違う所があるので、相手の立場に立って問題を考えることは 一番大切だと思います。
先生と雲南大学の契約は一年だけですから、来年また続けてやるかどうかまだ分かりません。けれども、先生はもう私たちと「国境を越えた友情」を結びました。先生はどこへ行っても、ずっと私たちの先生です。ずっと私たちの親友です。
最後に心から先生のご健康と幸福を祈ります。
日本語の勉強についての話
路浩宇
これは自分の感想と言うより、むしろ鈴木先生への手紙と言っていいと思います。日本語科の学生として、日本語の勉強を始めてそろそろ二年になります。この間に色々な専門の知識を身に付け、色々な日本人の友達と知り合い、日本について理解も深まり、自分の大学生活が非常に充実しました。
日本語スピーチコンテストで話したように、私の半生の中で一番重要な先生は二人います。二人の先生は私の勉強に大きな影響を与えました。そして大学に入って、鈴木先生は私にとって、一番重要な先生になりました。一年の時、先生たちは全部中国人ですから、私は日本語の勉強に興味がありませんでした。私は外国語の勉強について自分の考え方を持っています。それは自転車に始めて乗る時、他人はたくさん理論を教えてくれ、理論的には分かりますが、自分は自転車に乗らないから、実際は乗れません。外国語を勉強するのも同じと思います。中国人の先生は色々な文字とか、文法とか、読解とか教えてくれます。覚えるより、応用力も一番重要なことです。しかし、外国人が全然いませんから、外国語をしゃべる環境がありませんでした。私たちは毎日中国人の先生に日本語を話したり、自分に日本語を話したり、真実感が全然ありません。このような生活はつまらない生活だと感じます。それゆえ、一年生の時、ちゃんと勉強しなかったので、他の人との勉強の差が出現しました。
それから、二年生になりました。嬉しかったことに、鈴木先生が私たちの生活に入ってきました。先生は日本人で、標準日本語をぺらぺらしゃべりますから、毎回私はヒアリング授業を受ける時、先生の発音を模倣します。先生は私たちの勉強のために、度々友好活動を行ってくれます。この活動を通して、色々な友達と知り合いました。後半学期の始め、先生は私たちを連れて桜の花を観賞しに行きました。その時、始めて私は雲南大学にこんなに沢山日本人がいることを知りました。それから、時々あの日に知り合った中島さんと一緒に外国語を勉強しています。私たちは互いに助け合いました。私は中島さんの中国の日記を直してさしあげました。そして、中島さんは私のアクセントとか文章とか直してくださいました。これ以上ない楽しみです。これこそ本当の外国語の勉強方だと思います。日本人との交流の時、彼等の言った言葉が分からなかったことがよくありますから、自分の日本語が本当に上手ではないと感じます。それから、日本人のように日本語をぺらぺらしゃべるために、日本人と自由に交流するために一生懸命に勉強を始めました。
もともと私は臆病な人ですから、普段はあまり話しをしません。さらに、外国人に会うと、全然口を利くことができません。時々緊張のせいで、ぶるぶるしました。しかし、知らず知らずの内に、私はだんだん自信が付いて、よく自発的に日本人と話すようになりました。日本人の友達宅に伺う時、自分の言いたい言葉をあらかじめ考えました。伺った後、交流した時に分からなかった単語を引いて、身に付けました。この過程も勉強することだと思います。
つまり、鈴木先生がいらしたおかげで、変化がありました。先生は親切な人で、また楽観的な人です。私のつまらなかった生活が変わりました。本当にどうもありがとうございます。
私と日本語
尹郁華
日本語の勉強はそろそろ二年になります。私はなんとなくあまり上手にならないと感じています。だから、時々困っています。しかし、日本語の勉強をして楽しいことがたくさんあります。日本語の先生の優しさ、クラスメートと一緒にいる時の楽しさ、日本のペンフレンドとの交流等等、これらは私に幸福を与えます。心の底から本当にありがとうと言いたいです。
大学に入った時、私は英語を専攻として外国語学院に入りました。三ヵ月後、専門を自由に選べるおかげで、私は日本語を選びました。日本語を選んだ後、よく「どうして日本語を選ぶの。」と私に聞く人がいます。私は「好きなので。」と答えます。実際には、私が日本語を選んだのは、日本は中国から遠くなくて、親近感があるからでした。始めた時、日本語を選んだ理由はそれだけでした。
しかし、日本語の勉強が進むにつれて、私は本当に益々日本語が好きになりました。きれいなアクセント、漢字の美しさ、私は時々これらに心酔します。また、日本語を専門としている人にとって、日本文化を理解することは必要です。そして、日常ひまがある時、図書館で日本文化についての本をたくさん読みました。本を読むにつれて、日本文化もだんだん好きになりました。様々な行事、様々な日本伝統文化は、外国人の私にとって、とてもおもしろいです。それから私は文学、歌舞伎、茶道、生け花など等の日本伝統文化に大きい興味が有ります。私は子供の時から昔話が大好きです。だから、日本の昔話も同様に好きです。特に宮本賢治が書いた童話です。とてもおもしろいです。渡辺淳一、大江健三郎、森村誠一、森鴎外等の作品を読んだこともあります。また最近《源氏物語》《伊勢物語》《平氏物語》《竹取物語》も読んでみました。この本はおもしろいばかりでなく、これらによって日本の昔から今までのことがたくさん理解できます。
このほか、テレビを見たり、日本のペンフレンドがくださった写真で、日本のきれいな風景を見ます。美しい桜と紅葉、澄み切っている川、古い建築、きれいで静かな町、立派な現代建築、本当にきれいだと思っています。将来チャンスがあれば、必ず日本へ行って見ます。
だが、日本語の美しさは決してこれで尽きるわけではありません。現在、日本語の勉強が私にとって一番難しいのはアクセントです。毎日いくら勉強しても、上手になりません。困っています。しかし、また頑張っています。勉強を続ければ上手になる日は遅かれ早かれ来ると信じています。
日本語を専攻としている人にとって、もう一つ特別な使命があります。それは中日友好に力を注ぐことです。これは日本語を専攻としている人がしなければならないことです。幸福な将来のために、皆一緒に頑張りましょう。
日本語を選んだことは、私は後悔しません。専攻を選ぶチャンスがあれば、私はまた日本語を選びます。
◆三枝子老師のコメント◆ 皆様いかがでしたか。次代の中国を担う若い力の一端が垣間見られたことと思います。感想があったらお寄せください。学生たちにお伝えいたします。
2006.5.19 鈴木三枝子
昆明通信No.10 ・・・・・ 2006年4月27日(木)
湘南日中友好協会会員島田成夫さんの昆明滞在記
昆明に来て二ヶ月が過ぎました。中国語の進歩はなかなか進みませんが、生活はだいぶ慣れました。昆明はご存知のように気候温暖で暮らしやすい都市です。人柄も温和な感じがします。「家郷宝」と言って昆明の人たちは昆明市をとても愛しているようです。
4月10日(日)2〜3時間目の休み時間に2人の学生が大きなケーキを持ち出しました。ベトナム女学生の誕生日だったのです。クラスの皆で大騒ぎしながら老師を交えてケーキを食べました。韓国人学生が「老師、今日とても良い天気なので外に散歩に行きましょう。」と提案しました。幸い「口語」の時間だったので、老師は同意し、校内で散歩し、亭子に集い、老師の提案で一人一人の「私の恋愛、結婚、家庭など」について紹介しました。私の中国語の能力では10のうち1〜2の単語が聞き取れるだけですが、美しい昆明の青空の下とても楽しい時を過ごしました。
授業は月〜金の午前中4時間あり、精読10H,聴力4H,口語4Hの18時間です。予習、復習はなかなか大変です。私は昆明滞在中に中国語学習だけでなく、色々体験したいと思い、鈴木三枝子先生が主催する毎週金曜日3:30〜5:00の日本語を学習する学生との討論会に参加しています。又毎週土曜日は藤沢昆明友誼館に行き、昆明市内の日本語学習者のお手伝いをしています。大学生の他に独学で学ぶ大学院生、社会人、高校生もいます。
4月14日(金)午後雲南大学主催の「日本語スピーチコンテスト」がありました。24名の昆明市内の大学生等が参加しました。私は大変幸運なことにその審査員を依頼され、中国人のすばらしい日本語スピーチを聞く機会を得ました。
昆明で日本語を学ぶかなりの人々と会うことが出来ましたが、それは私にとって大変貴重な体験です。一つ気になったのは、彼等の日本語学習、日本理解に大きな役割、影響を与えているのが日本の漫画とアニメです。富士山、桜、刺身等と並んで、サムライ、ニンジャ、マイコ、和服、さらには居合道や陰陽師等の言葉が出てきます。残念ながら雲南大学日本語専攻の三年生でも、日本の新聞、日本のテレビを直接見る機会はほぼ全くありません。鈴木先生が雲南大学に来て以来、学生たちの日本語学習、理解が大きく変わったと聞いています。鈴木先生は授業の外に、金曜日午後の討論会、土曜日の友誼館での授業、その後のフリートーキング、そしてさらには学生を自室に少人数ずつ集めてお茶を飲みながら個々の学生の生活を理解し、彼等の学習意欲を高めようと日夜を問わず努力されています。
11月には藤沢から200名を越す友好旅行団が来ると聞いています。出来たらそのコースの一環として、土曜、日曜などを利用して日本語を学ぶ中国人と接する機会があればとてもすばらしいと思います。 2006.4.27 島田成夫
昆明通信No.9 ・・・・・ 2006年4月14日(金)
日本語スピーチコンテスト
4月14日〔金〕雲南大学主催の日本語スピーチコンテストが行われました。参加者は雲南大学生15名、外部9名(友誼館の友好活動参加者その他)計24名でした。テーマは〔私の夢〕。スピーチ5分、日本語による質問に即答するという二部門で争われました。審査員は、雲南大学日本語科学部長、教師、外国人教師〔鈴木〕、外部審査員として、雲南大学に留学中の湘南日中友好協会会員島田成夫氏、日本語学校経営の中国人の五名が務めました。
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今回のコンテストは、雲南大学では初めての試みでしたので先生方も経験がなく、企画段階から何からどう手をつけていいのか誰もわかりません。まさに暗中模索で、一つ一つに大変神経を使いました。雲南大学主催ですので、外部の参加者に不公平にならないよう、審査員には大学関係者以外の方お二人にご協力いただきました。島田氏は私が主宰している友誼館の友好活動と、雲南大学での日中討論会に積極的に参加いただき、学部長から審査員へ直接の指名がありました。
雲南大学生の指導は15名全て私が受け持ち、作文の添削、発音アクセント矯正、暗誦指導と大変な時間と労力が必要でした。これらの指導は正規の授業時間以外に行い、あるときは一時間目が始まる前に30分早く来させたり、夜自宅に個人的に呼び、9時過ぎまで指導しました。
その甲斐があって、一位一名、二位二名、三位三名の全ての受賞者は私の教え子でした。指導した私がこんなことを言うのは手前味噌になりますが、雲南大学生は他者と格が歴然と違います。特に二年生の成長が目を見張り、(前期週4時間私のLL授業を受けています)半年間徹底的に発音アクセント指導を受けた成果がはっきり見て取れました。スピーチだけではなく、日本語の質問への答えも妙を得ていて、学部長も生徒の成長振りに感嘆していました。現在一年生も週4時間LL授業がありますから、彼らも更に発話能力が伸びるものと期待しています。
今回のスピーチ大会が大成功でしたので、5月13日には中国教育国際交流協会主催の日本語スピーチコンテストに大学代表を2名送ることに決まりました。この大会は大学主催の小規模のものではありませんから、更に内容を充実させて、生徒を厳しく指導することが要求されますが、力の及ぶ限り頑張ります。決勝大会は日本で行われるので、うまく行けば教え子を日本に送ることができるのです。
昆明通信No.8 ・・・・・ 2006年3月26日(日)
《留華ネット》国際交流基金学生ネットワーク昆明名メンバー決定の報告
先日国際交流基金の職員が昆明出張の折、《留華ネット》国際交流基金学生ネットワーク昆明名メンバーを推薦して欲しいとの要請がありました。
《留華ネット》とは、日本と中国の文化交流に関心のある日本人留学生を中心に、中国各地の大学で日中交流事業を展開する活動です。例えば、各地の代表が中国人学生と協力して、日本文化祭や日本語弁論大会などの文化交流事業を企画し、実行します。活動に当たる資金は国際交流基金が負担し、必要なもの(茶道の道具、着物、浴衣、パネル等)は北京から郵送されます。現在北京、上海、天津、杭州、瀋陽、成都、太原、広州、長砂、フフホトの10都市にメンバーがいて、今後も全国的にネットワークを拡大予定です。国際交流基金は中国西南部での日中交流強化を目指しており、ここ昆明はまさにその拠点のひとつに挙げられていました。
私も昆明で友好活動を始めて半年あまりたち、毎週土曜友誼館の日中文化交流資料室、後期からは金曜の日中学生の討論会、日曜の雲南大学日本語サロン(これはまだご報告していませんでした)と活動の幅が広がり、昆明での日中友好人士をかなり正確に把握できているので、その中から一人有望な青年を推薦いたしました。
山口紳君、京都の大学を卒業し現在雲南大学に留学中。日中交流に大変熱意があり、私の友好活動にも積極的に参加しています。京都祇園の生まれで、茶道の腕は相当なもの、お茶会も経験したことがあるそうです。
彼の仕事は、年四回国際交流基金北京事務所に出向き、中国各地のメンバーとミーティングして、自分の受け持ち地区で文化交流事業を展開します。4月7日、8日、9日、に早速北京に行っていただき、春〜夏の行動計画を練ります。
今まで一人でがんばってきましたが、今後は国際交流基金のノウハウも学びながら、吉田君と協力して組織的な活動を展開したいと思います。
昆明通信No.7 ・・・・・ 2006年3月13日(月)
後期友誼館活動と雲南大学課外活動報告
3月4日〔土〕から後期の友誼館の活動を再開しました。図書閲覧、日本のテレビ番組観賞、自由会話に加えて、後期から待望の日本語教室を開くことが出来感無量です。
初級は雲南大学日本語教師趙楊先生、中級は鈴木が担当しています。初級は茶花賓館の職員8名、以前私が自宅で教えていた生徒5名その他で15名程度。中級は鈴木が担当し、現在登録済みの生徒が5人、見学に来た生徒が4人います。
中級は毎月一つテーマを決めて、使用語彙の説明、グラフその他の資料でテーマを分析、テーマに関する文を精読、最後に各自発表という指導手順を踏みます。今月のテーマは〔コンビニ〕。中国にもコンビニはありますが、日本のコンビニと比べるとサービス内容も店舗の数も少なく、便利ではありません。日本のコンビにでは公共料金も払えるし、チケット予約、宅配便、コピーなど様々なサービスがあるのを知って、生徒たちは驚いていました。中級の生徒は基本は出来ているので、主に発話能力を高める指導をしていきたいと思います。
雲南大学での課外活動は、生徒を自宅に招いてDVDを見せたり、雲南大学の日本人留学生と一緒に外出するほかに、定期的に討論会を企画しました。3年生の作文授業の延長として、授業で扱ったテーマを最終的に日本人留学生と討論させます。3月17日第1回目のテーマは〔私の結婚観〕。授業中十分討論し、宿題で作文を書かせているので、きっと良い討論会ができると期待しています。
司会も中国人学生が名乗りを上げたので、私は一切手を出さないことにしました。学部主任も外教が入ったおかげで生徒が活発になったと、私の活動を支持してくださいます。
現在昆明は春と夏の境目、日本で言ったらゴールデンウイークが過ぎ、若葉がまぶしいころの陽気です。若者は半そで、私も今日は長袖のTシャツで過ごしました。キャンパスは海棠、八重桜が満開で、雨季にはまだ入らず一番過ごしやすい時期です。日本はお花見までもうしばらくの辛抱ですね。昆明には染井吉野はなく、ピンクがかった別の品種だと思います。日本の桜が懐かしい今日この頃です。
昆明通信No.6 ・・・・・ 2006年2月11日(土)
再び昆明へ行ってきます!
元旦の夜一時帰国して一ヵ月半が瞬く間に過ぎ、昆明に戻る時がまた参りました。2月16日〔木〕成田発14:20 CZ386 で戻ります。
昆明での4ヶ月余りは、私にとって全てのことが初めての経験で、慣れた土地とは言え、海外での生活、大学講師の仕事、友誼館での友好活動、留学生としての勉強と目の回るような忙しさでした。歩いて10分で行ける翠湖公園を散歩したのは、期末テストの採点を終えた後、一時帰国前日夕方の一回きりでした。今思えば良くぞ風邪ひとつ引かず健康で過ごせたと思います。
帰国してからの二週間は、ほっとして気が緩んだせいか、毎晩8時か9時には寝る始末。昆明では知らず知らずのうちに緊張していたのかもしれません。
春節の餃子の会に出たり、中国語教室の生徒の皆さんと再会したり、聶耳展のお手伝いをしている内に、やっと普段の自分を取り戻しました。
名残惜しいですが、もう昆明に戻らなければなりません。前半で友誼館での友好活動がようやくスタートしました。後半はそれを更に加速させ、昆明の若い日本語人材を育成する時期と位置づけています。
3月25日には雲南大学で、日本国際交流基金主催・重慶総領事館後援の日本語スピーチコンテストが開催されます。日本語を学んでいる昆明市内の大学が参加し、雲南大学の参加者は、私が指導します。
11月5日は友好都市提携25周年の行事があり、藤沢の実行委員会の動きに合せて昆明市との連絡を円滑に行うことも私の使命です。
胡暁幸さんを中心とする美術家との交流、張菊萍さんを中心とする花道協会との交流に加え、雲南大学の体育教師の寸先生〔中国のマラソン代表として来日し三年滞在〕を中心に体育協会との関係も作って行きたいと考えています。
胡さんと張さんは11月に皆様に再会したとき日本語でお話したいと、私の元で日本語を勉強しています。楽しみですね。
それでは皆様、行ってまいります。
昆明通信No.5 ・・・・・ 2005年12月10日(土)
日中文化交友資料室第二回講演会・張菊萍さん生花表演
昆明では今日、張菊萍さん(菊ちゃん)の生花表演を藤沢昆明友誼館で行いました。
1階にある椅子では足りず、三階の椅子まで運びそれでも立ち見が出るほどの大盛況でした。50人近く集まったと思います。予想外の人数に菊ちゃんは相当緊張したようです。皆さん日本の伝統文化には大変興味があり、熱心に鑑賞していました。写真を送れず申し訳有りません。帰国時にご披露いたします。
![]() 花型を説明して、さぁ生けます! |
![]() たくさんの人に見守られて・・・ |
![]() 作品の前で |
![]() 2003年秋、日本への研修旅行で京都の秋を楽しむ。 池坊・松本二三男氏招請。左端が菊ちゃん。 |
次回は4月に茶道をご紹介する予定です。民族大学の大学院に留学しているお茶屋さんの娘さんに講師を頼みました。
3月4日から待望の日本語教室を開く運びになりました。講師は私と雲南大学の趙陽先生で担当します。月謝は館長の最初の提案を半分に値切り、、社会人50元、学生25元、収入を外弁と湘南日中で折半と話をつけました。趙陽先生もボランティアをしてくださるので、収入は交流活動費(講演会の講師謝礼とコピー代)に充てます。
松本先生に送っていただいた池坊の写真集は大変よい資料になりました。先生にどうぞ宜しくお伝えください。
昆明通信No.4 ・・・・・ 2005年11月27日(日)
[中文化交流資料室活動報告]
11月5日から始めた交流活動も、昨日で一ヶ月経ち、大まかな様子がつかめてきました。
来館者は9割が学生で、雲南大学大学院、雲南大学、雲南師範大学、文理学院、昆明大学、民族大学が主な学校です。70名以上の方が登録しました。毎回25人くらいの参加者で、内訳は日本人:中国人が1:3。
前半は日本のテレビ番組を見、後半はレベル別に3グループつくり、各グループに日本人を均等に入れ、自由に討論しています。全くの初心者はほとんどいず、中級と上級はレベル的に同等の会話力があり、社会問題も討論できるほどです。
雲南大学留学生楼の掲示板に自由にお知らせを貼らせてもらうよう許可を取ったので、若い日本人の留学生が来てくれて、とてもいいムードです。浅川先生初め、昆明に長くいる日本人の熟年層の方も積極的に参加してくださって、各会話グループのリーダーシップをとってくれます。
予想していなかった事は、独学で日本語を勉強している学生の参加がかなりあることです。
外国語を独学で勉強するのはなかなか大変ですが、昆明の人はとてもレベルが高く、特に大学院で専攻外に日本語を学ぶ人がかなりいます。彼らは元々知的好奇心が強い優秀な人たちなので、私に個人的に接触し、仲間同士で我が家に遊びに来て、私に論戦を挑みます。話題はベネディクトの[菊と刀]の日本の恥の文化、マルクス主義、歴史問題など等。
![]() 初めて抹茶をいただく。「このお菓子綺麗でしょ!」 |
![]() 「美味しい!」 |
2月から待望の中国語教室を友誼館で開設する目処が経ちました。
先生は私と雲南大学の趙陽先生で担当します。12月は大学の期末試験があり、雲南大学は211工程の指定校なので、期末テストは厳重を極め、国指定の全国共通フォーマットが有り、試験問題を各々一科目に付きAB二部作らなければなりません。当日まで担当教師にもどちらが採用されるか分らず、試験当日も国から試験監督が配置され、二人で監督します。
私は10部テストを作るので、12月は多忙を極め、趙先生と相談した結果、来学期2月からにする事にしました。
第二回の講演会は、張菊萍さんに池坊の生花を生けていただく事にしました。様々な友好活動が一つ一つ実現し、これもひとえに湘南日中の今までの地道な活動があってこそと、日本の皆さんに感謝しています。
昆明通信No.3 ・・・・・ 2005年11月8日(火)
ビッグニュースをお知らせ致します。
11月5日、友誼館において待望の【日中文化交流資料室】がオープンしました。数年前から友誼館を有効活用するため、昆明市外弁、湘南日中友好協会、在昆の羽津さん、浅川先生など多くの方々の努力がやっと実り、感無量です。当日は雲南大学、雲南師範大学、民族大学、文理学院、雲南大学に留学している日本人、茶花賓館のフロントの女性達、在昆の日本人、文理学院の浅川先生、雲南大学の趙楊先生、鈴木など総勢25名以上の参加が有りました。開設式の後、私が日本から持ち込んだDVDを観賞したり、本を読んだり、歓談したりと大変賑やかに和気藹々と交流しました。今後は主に私と趙楊先生で毎週土曜日午後2:00〜5:00に活動します。
![]() 昆明市外事僑務弁公室副主任・厳建文さん |
![]() 式典を見守る劉献彬友誼館館長 |
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鈴木副理事長が 湘南日中を代表して挨拶 |
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浅川先生から 設立までの経緯を 紹介していただく |
もう一つリトルニュース。本来は友誼館で行う心算でしたが、なかなかスタートする気配がないので、10月15日から毎週土曜日10:00〜11:30、我が家で無料日本語教室を始めました。現在生徒は5名、胡暁幸さん、張菊萍(お花の)、張さんの友人の中国人李さん、私のクラスメート2人(ベトナム人)。全くの入門クラスです。
友誼館での活動は、雲南大学の若い趙楊先生が全面的に協力してくださる事になりました。新たに友誼館の日本語職員になった石さんもよくやってくれて助かります。
日本語学習者と中国語学習者双方を確保する為、各方面にPRを積極的に行っています。雲南大学留学生宿舎の掲示板に、自由に活動に関するお知らせを貼れる許可をもらいましたので、毎週活動内容を事前に予告し、日本人に動員をかけています。雲南大学の教師になれて本当に友好活動のプラスになっています。雲南大学の教師と言うだけで、皆さんの信用度が高く、自分では知らない相手でも向こうの方から声をかけてくれます。
国慶節の休暇が終わったら昆明通信NO.3をすぐ書くつもりでしたが、一ヶ月以上も経ってしまい、申し訳有りません。中間テストの準備に重なり、初めてのテスト作成で勝手が分らず、5教科の問題作成に大変時間がかかってしまいました。10月下旬から引き続きテスト実施、採点、成績付けと、通常授業をしながらこれらの作業を並行して行うのは相当な仕事量です。
大学の先生だけしていれば、慣れればそれほどの仕事量ではないのでしょうが、実は10月半ばから、仕事の傍ら雲南大学の留学生として中国語学習も始めました。週12時間、世界各国の留学生と精読と聴力の授業に挑戦しています。上級クラスなので人数が少なく、精読は6人位(いつも欠席者が多く何人か不明)、聴力は4人で密度の濃い学習を毎日しています。大学の仕事が12時間ですから、合わせると週24時間となり、朝から晩まで机に向かっています。大学と同じで試験もあり、成績がつくので気が抜けません。入った最初の週がテスト期間で、全く習っていないところをほかの学生と同じにテストされ、少々困りました。でも成績は悪くなく、先生に褒められて一寸良い気分!
各国の学生と授業を受けて感じた事は、皆文法力や語彙力は大してないのに、話すことは大変うまいという事。少ない単語を駆使して、何とか自分の言いたいことを表現しています。藤沢の生徒さんも、この点は是非見習って欲しいですね。
それから、中級の方には中日辞典でなく、中中辞典を使う事をお勧めします。【現代漢語詞典】が適当と思います。中中辞典を使うと、中国語を中国語で理解する習慣を付けることができ、日本語を介さず中国語で思考する回路が自然にできます。
昆明通信No.2 ・・・・・ 2005年9月11日(日)
新学期が始まって二週間経ち、ようやく生徒の顔と名前の7割程度が一致するようになりました。中国の将来を担うエリート学生が、どの様な事を考えて日々生活しているのか大変興味があるので、昨日の土曜日クラスを三つに分け我が家でお茶会をしました。大学では討論をしても29人と人数が多く、彼らの意識を深く探るのは物理的に不可能でした。
しかし10人程度の小グループにすると、さすがにクラスでは気が付かなかった心のひだまで観察でき、興味深い結果が得られました。私の予想と一致したことも、また肩透かしを食ったことも有りました。以下がそのあらましです。
彼らの最も大きな関心事は、将来社会的に認められた地位に付く事で、経済的にいかに豊かな生活を送れるかにあり、その目標を達成するためにひたすら勉学に励むようです。日本の学生のように遊ぶお金を稼ぐ為、アルバイトに精を出す学生はいませんでした。一部アルバイトをしている者もいるにはいますが、長い時間はやっていません。7割近くの学生が大学院進学を希望しており、可能であれば日本に留学をしたいと考えています。
政治についてきっと関心が強いだろうと、9月11日の日本の総選挙を知っているか尋ねた所、日本語科の学生にもかかわらず、誰一人として知りませんでした。インターネットで日本のニュースは見ないのかと聞いても、私達は中国の政治も、日本の政治も関心が有りませんと予想に反する答えが返ってきて、北京、上海とは大違いです。ただ今年の春の騒ぎも、本当に学生が起こしたのか疑問の点があります。ここ昆明は首都から遠く離れた地方都市だな、と言う感じを強く受けました。
金銭的な事を聞いてみると、以下のような数字が出てきました。
大卒公務員の初任給 1000元
平均的公務員 2000元〜3000元
公務員最高額 5000元
*公務員は給料のほか、住宅、医療、交通費、食費の手当て有り
大学教授 4000元〜6000元
外資系企業 4000元〜5000元
*各種手当てなし
昆明大学の学費 3400元
北京、上海の大学 7000元〜10000元
昆明大学女子学生寮〔4人〕 年1200元
昆明大学男子学生寮〔8人〕 年 400元
*見せてもらいましたが、四畳半くらいの狭い部屋に両壁際に二段式ベッド。中央に机がまるで島のように有り、机の上にデスクトップのPCが場所を塞ぎ、およそ勉強する環境とは言いがたい風景。建設現場の作業員宿舎のようでした。ベッドの上は教科書が山済み、洗濯物もカーテンのようにブラブラ。
どうりで学生が図書館、キャンパスの芝生、教室で勉強しているはずです。あの部屋では到底勉強は出来ません。
普通この様な状態の部屋は人に見せたくないはずですが、無邪気な彼らは、先生僕達の寮を見てくださいと、夕食後わざわざ招待してくれるのです。帰る時も暗くて危ないからと、歩いてたった10分くらいの距離なのに、男子学生が三人で家まで送ってくれました。心の優しい素直な子供達です。
一月に一回くらい生徒との交流を持つ心算です。来月は友誼館の茶室でお茶をご馳走しようと提案したら、皆喜んでいました。
徐々に生徒と心の交流ができつつある今日この頃です。授業の方はいまだ悪戦苦闘で、苦労していますが、何とか頑張っています。
昆明通信No.1 ・・・・・ 2005年9月1日(木)
8月28日に短期留学の生徒を送り、やっと自分の時間が持てた次の日、29日から大学の授業が始まったので、また忙しくなり、ゆっくり連絡する時間がなくなってしましました。今日は授業がないので一息ついたところです。
生活に関してはファックスに書いたように大変快適で、安全面も厳重ですから安心してください。一昨日からやっと自炊環境が整い、初めて夕食を自分で作りました。外で食べても安くて美味しいものが食べられますが、元々外食はあまり好かないので、気の向いたとき自分の部屋でビールを飲みながらCCTVのニュース聞き食べる夕食は格別です。
昨日大学主催の、外籍教師と国際関係スタッフとの初めての会議と夕食会が行われました。招聘教師は全部で20人くらいで、私とフランス人の男性を除いて、全て英語の先生でした。もちろん学校のスタッフは全て英語を話しますから、会議は全て英語です。英語の話せない中国人の先生には通訳が付きました。昆明で中国語をブラッシュアップしようと思っていましたが、英語の練習も出来るなんて、一石二鳥です。
部屋のネット環境が整わず、31日に一瞬接続でき21通のメールを着信し、私の書いた三通のメールの内千夏に書いたものだけ送信でき〔送信済みアイテムに記録が残ったのでこの一通だけは着信してるはず〕、それ以外のものは何故か失敗???
管理人が技術者を手配して昨日から修理してくれていますが、部屋によっては接続でき、またある部屋は出来ません。今もまた技術者が来て調べていますが、彼の意見では一度接続できたのだからPCの問題ではなく電話線の問題だとのことで、電話線を新しいのと交換すれば接続できると言っていました。何時までもメールで交信できないと、陸の孤島にいるようで大変困るので、このメールはネットバーに私のPCを持ち込んで送信します。暫くは不便で
すが、宿舎の近くにネットバーは多いので、なるべくまめにチェックしに行きますから、皆さんもお手紙書いてください。
私のクラスは三年生29人。さすが雲南省で一番の大学なので、生徒のレベルは驚くほどで、三日教えて舌を巻きました。
中国は9月が新学期ですから、三年生といっても学習期間は二年。たった二年でこれほどの口語能力がつくとは日本の大学では考えられません。作文の宿題を出しましたから、来週になったら作文能力も判明しますが、口語能力から見て素晴らしい文章を書いてくると大いに期待しています。
金曜日の夕食をクラスから招待されていて、中国では新学期、クラス全員と8人の教師がレストランでパーティーなんて随分贅沢だと思っていたら、何と我がクラスは大学の中で最優秀クラスに選ばれ1000元の賞金を獲得し、そのお金でパーティーをするそうです。こんなクラスを教える事が出来て最高の幸せと言っても過言では有りません。
書きたい事は突きませんが、今日はこのくらいで終わりにしましょう。
たった今技術者が来て、ネット接続は可能になりましたが、何故かメールを送るとエ
ラーに成ります。
そうなると、私のPCのメール機能の問題で、これは私には分らないので、また日本語
のできる友人の手を煩わせなければ成りません。